渦巻く!! ティントレット / Il turbine del Tintoretto [1500年代 Cinquecento]
L'annunciazione / Tintoretto
Scuola Grande di San Rocco, Venezia
受胎告知 / ティントレット
サン・ロッコ同信会館 ヴェネツィア
542 × 440 cm/油彩 麻布
「受胎告知」というのは新約聖書 (例えば「ルカによる福音書」) などに記述されているエピソードで、処女マリアの前に大天使ガブリエルが降臨し、聖霊による神の子の受胎を告げるという場面です。
マリアの側にすれば大きな翼の大天使ガブリエルが現れるところで最初の「びっくり」、ガブリエルが告げた内容に、さらに2つの「びっくり」があったというわけです(お分かりと思いますが、その1「おめでとう!君、受胎してます」「うそー!何にもイケナイ事してないのに!」その2「だ、誰の子だって言うの?」「神様の」「ひょえー!なんで私なの??」の2つ)
大天使ガブリエルの立場からすると、うら若きおとめマリアに衝撃的な事実を冷静に受け止めてもらうのが第一で、いらぬ恐怖感を与えるなどもってのほか。失神でもされては目も当てられません。
でも、
この画面上部に浮んでいる 連凧 みたいな物体は何?
大天使ガブリエルの背景に小さな天使が飛び回っている…
と言う構図は他にもありますが(カルロ・クリヴェリ、ティツィアーノなど)、
連凧天使というのはティントレットの発明です。
大天使ガブリエル本人にしても疾風のごとく「突っ込んで」くる訳で、
これでは「おどかしに来た」と言われても仕方ありません。
しかしティントレットがこの画面の中で最も力を入れて描いているのは
マリアでもガブリエルでもなく 連凧天使 です。
ティントレットが本当に描きたかったのは「受胎告知」という厳粛な主題でも何でもなく、連凧天使たちが巻き起こす、破壊的な 渦巻き だったのではないでしょうか
…というのがこの記事のテーマです。
「渦巻き」がどこにあるかって?
こんなふうにすると
よりはっきり見えてくるかも。
モノクロにして階調を反転させた画像です
つまりこんな感じ。
Tintoretto,Jacopo; Il Tintoretto
( Jacopo Comin ; 29/09/1518 Venezia - 31/09/1594 Venezia)
ヤコポ・ティントレットまたはイル・ティントレット。本名はヤコポ・コミン。「本名はヤコポ・ロブスキ Jacopo Robusti」とされている場合もありますがロブスキはrobusto=頑丈な=と言う意味のあだ名で、幼名と考えられています。
12才でティツィアーノの工房で働き始めますが(カルロ・リドルフィCarlo Ridolfi -ティントレット本人に会ったことはなく息子のドメニコからの情報を元に評伝を書き上げた-に因れば「巨匠の嫉妬により」)10日後、そこを飛び出します。当時40歳前後で働き盛りのティツィアーノが12才の少年に嫉妬…というのは眉唾です。尤も、早熟だったのは確かで、21歳で‘マエストロ’の資格を得ています。
この作品も含め、サン・ロッコ同信会館の作品群は脂が乗り切った46歳の時の仕事です。
有名なスローガン「ティツィアーノの色彩とミケランジェロの形態」は、ティントレット自身の言葉という確証はないようですが、彼の作品の特徴を良く表しています。色彩も形態も両巨匠には及ばなかったという評価もありますが。しかし何よりもティントレットはバロックの先駆けとして評価されるべき作家です。
エッチな主題(次回以降でご紹介予定)で本領発揮というところはティツィアーノにも通じる人間臭さというか、イタリアの中でも最もエッチなヴェネツィア人(私見です)の面目躍如というところ。
一方、ティントレットが生み出した壮大な空間と圧倒的なムーブマンには(現代人の衰弱した感性には「こけおどかし」に感じられるとしても)続くバロック芸術も顔色を失う「純粋な驚異」とも言うべき一種の真摯さがあります。「一種の」とことわったのはそれが「芸術的真摯さ」とは、ほんの少しだけ(でも決定的に)ずれていると感じてしまうからです。彼の関心は見事に「造形」そのものに特化していて、描かれる者の人間性などには目もくれないというところがあります(エッチな主題の場合を除く)。そういうところは少しセザンヌ的(つまり近代的)と言えるかも知れません。
思うに、ティントレットは生まれてくるのが少しだけ、ほんの400年ほど早過ぎたのかも知れません。彼が現代に生きていたら画家ではなく映画監督になって、スピルバーグやジョージ・ルーカスのライバルになっていたような気がするのです。
おまけ。
タグ:受胎告知 ティントレット
>その1「おめでとう!君、受胎してます」「うそー!何にもイケナイ事してないのに!」その2「だ、誰の子だって言うの?」「神様の」「ひょえー!なんで私なの??」
くふふ
とってもわかりやすい解説ありがとうございます♪
そして、連凧ですねぇ・・・見れば見るほど連凧ですねぇ・・・。
ガブリエルも、今にもどすん、と落ちてきそうです。
マリア様危うし!
by てんとうむし (2008-09-08 21:40)
告げられた人は困ります・・・
by green_blue_sky (2008-09-13 08:19)
私もてんとうむしさんみたいに、その解説に大爆笑でした。その時代ごとの聖書の捉え方に興味津々です。
by newyork (2008-10-09 01:12)
皆さま、コメント、nice!、ご高覧頂きありがとうございます。
新装開店状態なのでとても嬉しいです。
>今にもどすん、と落ちてきそう
ですよね。
ティントレットはかなりお気に入りの画家なのですが、ネタになりそうな絵がたくさんあります。
「誰も描かなかったものすごい絵を描いてやるぞ」みたいな気合いがビンビン伝わってきて、その辺の空回り具合というか、悟りの無さかげんがとても人間味を感じて好きなのです。
なのでまた書きますね。
by plot (2008-10-09 16:56)
ティントレットの受胎告知、もう8年も前ですが、ヴェネツィアで観て衝撃的でした。
当時の私は連凧天使よりマリアにびっくりでした。あれ?このおじさんみたいな体格の良い女性は…もしかしてマリア様?って。手とかどう見ても男性…。
というのも、大抵、マリア様はかなり理想化された女性像の具現として描かれているので(画家の理想もよくわかる)、こんなにも現実的な、大工の妻の設定がしっくりくるマリアはティントレットのマリアをおいてほかにいないと思います。すごくリアル!!そういう意味でも斬新ですよね。楽しかったです。また機会があれば見に来たいです。その時は連凧を観てきます。
by ありっくす (2009-11-01 01:55)