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二つ頭って? [1400年代 Quattrocento]


【フレスコ画の世界】

第1回の「ロケット小僧」ではなくて本当は「哀悼の場面」。

ジョットの偉大さは全く伝わっていませんね。

深く反省。




第2回目はルネサンス絵画の先駆者マザッチョの登場です 

 

この記事は旧カテゴリー【フレスコ画の世界】から新カテゴリー【1400年代 / Quattrocento】に移動しました。

 







聖ペテロ伝

「テオフィルスの息子の蘇生と法座の聖ペテロ」の画面



MASACCIO (1401-1428), e Filippo Lippi (1457-1504)

1426-82

Cappella Brancacci

Santa Maria del Carmine

 







その左端の部分です。(下からあおっているので画像は歪んでいます)




ではここで問題。間違い探しです。

この部分にはどこか奇妙なところがあります。

それは?




正解は

「5人分の頭があるのに足は4人分しかない」です。

でもなぜ?




この問題を取り上げた文献はあまり無いようです・・・いや、あるかも知れないけれど僕はまだ見つけられずにいます。

そこでこの疑問を、フィレンツェ大の美術史の先生にぶつけてみました。講義を終えたばかりの彼女は「それは良い質問ね」とは言ってくれなかったし、どちらかと言うとちょっと面倒くさそうに、それでもこう答えてくれました。“Due teste!(二つの頭)”

二つ頭って?

「それはルネサンスの知識階層の間、特にメディチ家のサロンで流行していた『ネオプラトニズム (Neoplatonism)』の思想、観念の中の美的理想世界と、現実世界の結合を象徴するもの。2つの世界に生きる事を、2つの頭をもつひとりの人間の姿で象徴した」んだって。

ネオプラトニズム の思想から生まれた美・芸術への愛「プラトニック・ラブ(=プラトン的な愛)」という言葉は今も生きていますね。

でもこの説明で「フムフムなるほど」って納得できます?

僕は全然理解できませんでした。




実はこの壁画、作者は2人います。

頭の部分を描いたのはマザッチョ、胴体から下はフィリッピーノ・リッピ。

どうしてそんな事になったのでしょう。




この壁画には特別な成り立ちがあります。




この壁画があるのはサンタ・マリア・デル・カルミネ教会のブランカッチ礼拝堂です。

大きな教会にはいくつかの礼拝堂がありますが、それらは裕福な人々が寄進したものです。

これはフェリーチェ・ブランカッチがスポンサーとなった礼拝堂。

壁画のテーマは聖ペテロ伝です。




始めに注文を受けたのはマゾリーノMasolino da Panicale ( 1383-1447)。

彼は40代の働き盛り、20代の若いマザッチョを誘って共同製作を開始します。

向って右の壁をマゾリーノ、左の壁をマザッチョという分担でした。

しかし制作をリードしたのはマザッチョ。

右側の壁からは、マザッチョが創始した新しい様式を20歳近く年上のマゾリーノが必死に、しかし喜びとともに吸収していく様子が伝わってきます。




ところが製作開始から2年にみたないある時、この壁画制作は中断します。

マゾリーノはハンガリーに仕事に赴き、その後ローマで新しい仕事の注文を得て、マザッチョを呼び寄せます。

しかしマザッチョはローマで客死してしまうのです。

27歳の夭折でした。

その後マゾリーノもブランカッチ礼拝堂に戻ってくる事はありませんでした。

壁画は50年以上、未完成のまま放置されてしまいます。




しかし、その未完の壁画は、フィレンツェの若い画家達の熱い注目を集める事になります。

マザッチョの革命的な表現=親友の建築家ブルネレスキに学んだ合理的遠近法空間、彫塑的な量感、そして迫真的な写実への強い意志=が新しい時代、つまりルネサンスの到来を告げるものだったからです。

彼らは競うように壁画をデッサンします。

その中には若きミケランジェロらも含まれていました。

やがてこの壁画は「ルネサンスの学校」と呼ばれるようになります。




そのころ、この教会を遊び場にしていた少年がいました。

彼の名はフィリッピーノ(ちびフィリッポの意味)。

父は偉大な画家、フラ・フィリッポ・リッピです。




フラというのは僧の敬称、つまりフラ・フィリッポ・リッピは画僧だったのですが、絵の才能とは裏腹に、フィリッポ君、とんでもない破戒僧でした。

若い修道女をモデルに聖母像を描くのですが、その修道女とできちゃった駆け落ちをやらかすのです。

当然、破門だけでは足りない重罪。

しかし彼の才能を惜しんだ大メディチ家がとりなして無事所帯をもつことになります。

そして、できちゃったのがちびフィリッポ少年というわけです。

彼は長じて画家となり、中断から50数年後の1482年この壁画を完成させる事になります。




難しい仕事だった筈です。

この左側の壁で、マザッチョの作風に忠実に、違和感なく完成させた研究心と技量は称賛に値します。

彼自身の創意と新しい時代の傾向を反映させているのは右の下段の壁です。

その部分の壁は白紙の状態でしたから、彼の独自の発想で描く事ができたのです。

(次回以降に詳しくみていきたいと思います)




ながくなりましたが、ここで始めの疑問に戻ります。

なぜ「5人分の頭があるのに足は4人分しかない」のか?

それは「ちょっとおちょこチョイのフィリッピーノが、うっかり一人分の足を描き忘れたから」と僕は思うのだけど、貴方はどう推理します?






左側の壁。左上端は有名な「楽園から追放されるアダムとイブ」




この壁画については語るべき事が多いので何回か続けます。

次回はマザッチョ、マゾリーノ、そしてフィリッピーノ・リッピ、それぞれの時代と作風の違いについてみていきます。




P.zza del Carmine

Tel. 055/ 2382195

平日: 10-17

休日: 13-17

火曜休館

インフォメーションと予約( 9.00-13と 14.00-19.00)

Tel. 055/ 276.8224

Tel. 055/ 276.8558

写真/ビデオ撮影可(フラッシュ/照明不可)



Chiesa di Santa Maria del Carmine





ミロのヴィーナスもツタンカーメンの黄金の仮面もあのモナリザさえ、上野にやって来ました。

でもフレスコ画だけは無理。

修復などのため壁から剥がしてパネルに張ったものは何度か来ていますが、それが本物の生きているフレスコ画と言えるかは微妙なところ。

フレスコ画は本来それが描かれた場所で観て初めて理解できることがたくさんあります。

漆喰壁が厳密な平面ではなくゆったりと波うっていたり、下絵を転写した跡が残っていたり、実際の小窓から差し込む光線と画面上の光の方向が一致していたり…。

数100年前、同じ場所にたって描いた画家の息吹さえ伝わってくるようです。

ウフィッツィ美術館の長蛇の列に挫けてしまったら、アルノ河を渡ってカルミネ教会まで足を延ばしませんか?

ここにはウフィッツィの全作品にも負けない魅力的な壁画があります。

入場制限がありますが15分くらい待てば入れる事が多いです。

小人数で静かに鑑賞できるのも嬉しい。







サンタ・マリア・デル・カルミネ教会全景

ブランカッチ礼拝堂へは右の入り口から。




おまけ







教会裏手の路地を散歩していると







フラ・フィリッポ・リッピの生家を発見







この入り口の右に生家。奥に見えるのはカルミネ教会の一部。




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コメント 11

あやっぴぃ

plotさんの、「うっかり1人分の足を描き忘れた」に、1票!
その方がおもしろいです~。
それに、フレスコ画のお話もおもしろかったです^^
美術館だと、落ち着いて見られないし、
東京に来ようものなら、アタマを見に来た気になりますから、
この教会でゆっくりっていいですね~。
以前、イタリアに行ったときは、ベネツィアでのんびり5日間すごしたから、
次回はぜひフィレンツェと思ってたので、この情報、うれしいです~。
by あやっぴぃ (2006-05-24 23:42) 

neko

同じことを考えている、足を書き忘れたのではないでしょうか。
フレスコ画で間違い探しをする旅も楽しいでしょうね。
by neko (2006-05-25 00:29) 

yoku

目線はどうしても画面中央に行きますから
足元に及ばないのかもしれません。
この絵についてのエピソード、興味深いです。
それだけでも、物語になりますね。
by yoku (2006-05-25 05:43) 

TaekoLovesParis

「、、法座の聖ペテロ」の壁画、法衣の色がさまざまで実にきれいな大画面。
ミケランジェロがお手本にしたんですか。。。(さらにうっとり)
頭が2つ理論は、なるほどね、、でしたが、ここに当てはまるかどうか、、。足のない人は、どの人の2つ目の頭?この顔は美、政治、どっちの担当?と考え
ちゃいます。
長い年月かかって制作されると、いろいろなドラマがあるんですね。
とてもおもしろかったです!NICE!
by TaekoLovesParis (2006-05-25 07:24) 

いっぷく

足を描き入れなかったのは4人の足を描き入れて、5人目の足をさらに描くのは当然でしょうが、その足を描くとせっかくバランスよく描かれてる4人の足が重なってしまい、赤の法衣を着た人の姿勢に合わせて描いた向きのかわった足と重なり不要と考えたのでしょう。

あくまでも前列にいる人たちを描くことのほうが見栄えもいいし、
人は絵の場面の意味を見つけようとして観るわけで、
足の数まで観察しないということを考慮してのことと推察します。

plotさんの問いかけがなければ自分も見逃していたことと思います。
by いっぷく (2006-05-25 09:31) 

柴犬陸

ご訪問有難うございました。
間違い探しのこと、とても興味深く読ませていただきました。
私も、plotさんと同意見です。だって、その方が自然だから。
イタリアを旅行している気分で、なんだか浮かれております。
by 柴犬陸 (2006-05-25 18:53) 

Lahiri

ちょっとおっちょこちょいのフィリッピーのに、思わず親近感を
抱いてしまったLahiriでございます(笑)
まぁ、こんな傑作を後世に残しながらも、
「おっちょこちょい」の一言で片付けられてしまうのも、気の毒なんですが・・・。

彼のお父さんの描いた
ルクレツィア、とっても美しくて大好きです。
あの作品観たさに、何度もウフィッツィに足を運んでしまいます。
たとえ「生臭坊主」と称されようとも、
(え?私の周囲だけですかね  笑)
あの作品の前で、ついつい時間ばかりが過ぎてしまうんです ^^
by Lahiri (2006-05-25 23:11) 

あーろん

足のない頭部ですが、その顔だけなんとなく
トーンが違う気がするので、挑戦的な性格の
違う人が描き足したけど途中でやめちゃった
ってのはどうでしょう?
by あーろん (2006-05-26 01:05) 

サエダ

 壁に絵を描くのって、カンバスに描くよりも
きっとすごく疲れる作業なんだと思います。
しかも、フィリッポさんにはすごいプレッシャーが。
私もこれは「描き忘れ」だと思います。弘法も筆の誤り?
by サエダ (2006-05-26 01:57) 

とらion

福井洋一さん
今晩は
私も一人の足を描き忘れたのと思いますよ?!
イタリア人も5000年の歴史のなかに生きてきましたから手練手管で
はいそうです。とはならないのでしょうね?!
by とらion (2006-05-28 21:14) 

plot

皆さん、ご訪問とコメントとnice!ありがとうございました。
このところ各記事でお返事すべきところ、滞って大変失礼しております。
頭と足問題についての皆さんの貴重なご意見、とっても嬉しいです。
タイミング、ずれずれですが、続編の中にでもお返事書いていこうかと思っておりますので、お許しください。
by plot (2006-05-29 21:32) 

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